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「角川・教科書問題」最終報告

筒井康隆氏との合意に至る協会の組織的対応と考え。

(社)日本てんかん協会 常務理事 松友 了

 先月の「波」の『論説』にて簡単にご報告したとおり、協会が一咋年七月 より取り組んできた闘い、すなわち「角川・教科書問題」について、作者の 筒井康隆氏との間で合意が成立し、この闘いを終了することにしました。こ の件に関する十一月七日の共同記者会見については、マスコミ各社は大きく報 道しました。しかし、中には「不明確な<ねじれ合意>だ」と解釈している 人もあります。この「合意」についての評価はいろいろ分かれるところで しょうが、ここに合意に至る協会・筒井氏両者の書簡を全文公開し、会員の 皆さまに最後のご報告といたします。
●「合意」に至る経過
 協会は、この件を「角川・教科書問題」と表記してきたとおり、一貫して 教育問題と考えてきました。すなわち、一般的な「差別と表現」の問題では なく、「表現が社会に与える影響」の中で、教育現場における問題として考 えてきました。その理由は、紙面の都合上ここでは詳しく述べられませんが、 個人の意識、感情表現の「文学」と、制度化された(すなわち、強制化され た)良識である「教育」では、その影響力が自ら異なることは説明する必要 がないでしょう。
 しかし、協会の声明文や抗議文の中に「文庫や全集の回収」という一文が あったため、文字通り言葉尻を取られ、「断筆宣言」となったのです。その ため協会は、一昨年十月三十日のテレビ番組(朝まで生テレビ)の中でも明確 にこの一文を「勇み足」と認め、正しい論議へ戻す努力をしてきました。
 抗議開始一周年をすぎ、「断筆」一周年を直前にして、月刊誌「創」の編 集長より、筒井氏と対談する気はないか、という打診がありました。私たち は常に、開かれた場でのレフリー(第三者)の介在する討論を望んできまし た。そのため、その話を受けたのです。その後、「対談」は「書簡の交換」 という形式となり、実施されたのです。
 その間、理事会で基本方針を討論し、会長と常務の密接な情報意見の交換 の中で協会の書簡は書かれて行きました。二往復という予想外の短期間で結 論(合意)に達したのは、理性と意志によるものと考えています。
●「批判」を放棄したのではない
 今回の「合意」について、「協会が勝った」とか、「批判を放棄した」とか、 さまざまな評価があります。しかし、これらはどちらも適切ではありません。
 たしかに、協会の要望(作品の削除)は実現しました。しかし、それは即、 「筒井氏が負けた」というものではありません。まさに、協会の趣旨を筒井 氏が理解した、ということであり、そこに「合意」という表現がなされた理 由があります。
 もちろん、この作品が「差別を助長する」か否かについての両者の評価は 分かれたままというのは、しっくりしないものを与える感があるのは分かりま す。それゆえ、協会は今後の「批判」そのものを放棄しなかったのです。しか し、運動の具体的な目標(要望)としての批判(教科書よりの削除要求)は、 ここに終了しました。
 批判や批評は、表現者(製作者)に対して、あるいは作品に対して常に、 半永久的になされるものであり、それは表現の自由とか「合意」とかいうも の以前のものであります。源氏物語に対しても、夏目漱石に対しても、さま ざまな批評や批判が投げかけられており、文学においては批評も一つのジャ ンルとして成り立っているほどです。
 しかし、社会問題として、とくにその社会的影響力に関して、ある社会団 体が行動を起こす部分は、文学批判を越える問題があることも事実です。ま してや、ある種の具体的な要求を出した場合、それは時として社会的圧力と なります。それゆえ協会は、「書き直しや削除は求めない」と明確に表明し、 その要求について自らルールを確認しています。
 いうなれば、表現においては、作者の個人的な判断に任せたのであり、そ の表現者にてんかんへの理解も作り出すことこそが運動の目的であることを再 確認したのです。その範囲において協会は、積極的に批判・批評をする権利と 義務がある、と考えています。決して放棄したのではありません。
 なお、共同記者会見の内容が、月刊誌「創」一月号に掲載されています。
(電話03-3505-4343)


(社団法人日本てんかん協会機関誌「波」第19巻1号 1995年1月掲載、原文は 縦書き)

Last Updated Dec.9.98
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