Kyoukasyo Mondai [seimei1]

(社団法人日本てんかん協会機関誌「波」第17巻8号 1993年8月掲載)

【声明】

1993年7月10日

関係者各位               

角川書店発行、高等学校教科書「国語I」に対する抗議ならびに採択と使用の中止を求める要求について

社団法人日本てんかん協会は、来年度より使用予定の高等学校教科書「国語I(吉川泰雄他編:角川書店発行」の中に、てんかんに対する差別を助長し、誤解を広める記述のあることを知り、大きな驚きと怒りを禁じ得ないと共に、このような文章が教科書として使用されようとしていることに強く抗議し、即時その使用の中止を求めるものである。

問題は、上述の教科書に収められている筒井康隆氏の「無人警察」なる短編小説の一節である。教科書の30頁には、警察ロボットについて説明する箇所があり、そこには、「てんかんをおこすおそれのある者が運転していると危険だから、脳波測定機で運転者の脳波を検査する。異常波を出している者は、発作をおこす前に病院へ収容されるのである。」とある。「異常波を出している者は、発作をおこす前に病院へ収容されるのである。」などということは、著者の意図がどうであろうと、てんかんをもつ人々の人権を無視した表現であり、また医学的にもてんかんに対する間違った考えに立脚するものである。

これが端的に示すように、この文章ではてんかんは取り締まりの対象としてのみ扱われ、医学や福祉の対象としてはまったく考えられていない。

第2に、てんかんが悪者扱いされていることも、私たちの見逃すことのできない問題である。31頁には、「わたしはてんかんではないはずだし、もちろん酒も飲んでいない。何も悪いことはした覚えもないのだ。(改行)このロボットは何か悪いことをした人間が、自分の罪を気にしていると、思考波が乱れるから、それをロボットがいち早くキャッチして、そいつを警察へつれていくのだという話だ。」と、前段ではてんかんが悪いことの一つのように書かれ、後段では脳波と思考波の違いについて何も説明されていないのだから、それを一層強める結果となっている。

第3には、てんかんをもつ人々の自動車運転についても、極めて時代遅れの考えを述べていることである。

1958年にアメリカ・ウイスコンシン州で、てんかんをもつ人々に対する運転免許が法的に認められたのを始め、全米の各州やイギリス、デンマーク、スウェーデン、ドイツ等の諸国で、国によって異なるものの、6カ月〜3年間発作が抑制されていれば、自動車の運転が認められるようになっている。

わが国は、未だにてんかんは運転免許の絶対欠格事由となっているが、本協会は社会的不利の解消という観点から、一律に禁止するものではなく、症状によって運転免許を認めるように制度を改善し、運転免許の認められない人々に対しては、他の障害者と同様に、公共交通機関での移動の保障(運賃割引)、介護保障を認めるよう求めているところである。

この教科書は、こうした世界の趨勢に逆行し、てんかんに対する正しい認識を著しく阻害し、てんかんに対する差別や偏見を助長するものでしかない。また、そのことは、てんかんをもつ人々の要求に基づく本協会の運動にも水をさすことにもなる。公的な教育fの場において、それも高等教育という思想・人格の形成において、もっとも重要な役割を担う教育の場において、障害者の運動を妨害するようなことがなされたとしたら、由々しき問題だと言わねばならない。

第4に、この教科書は「てんかん」を問題にしながら、てんかんと脳波の関係について医学的にも誤った説明しか与えていないことである。

てんかん発作の形態はきわめて多様であり、教科書が注記で述べている「発作のとき、身体のけいれん、意識喪失などの症状が現れる病気。」というのは、てんかん発作の一部分にすぎないのである。また、脳波は検査の有力な手段であるが、発作等の臨床的所見があった場合に、それらがてんかんかどうか、どういうタイプのてんかんかを調べる手段なのである。てんかんをもつ人々でも脳波に異常の出ない場合もあり、逆に健常者でもその数パーセントは脳波に異常が見出されることもある。したがって、この教科書は医学的にも間違った説明を行っていることになる。公的な教育の場でそのようなことは絶対に許されることではない。

最後にこれを教科書として使用した場合、そこにいるてんかんをもつ高校生や、近親者にてんかんをもつ人がいる高校生は、どのような思いで授業に臨まねばならないことになるのか、教科書の編集者たちは考えてみたのであろうか。まきかそんなごとは我々の預かり知らぬことだということはないであろう。教育者ならば、思春期にある高校生を傷つけるようなことは絶対に避けなければならないはずである。

したがって、結論は明白である。この教科書は使うべきでないということである。問題の小説が30年前に初版が出されていることを考えれば、その中にてんかんに対する誤解があったとしても、ある程度許容せざるを待ないことである。しかし、てんかん医学が高度に発達し、てんかんが「なおる病気」になり、「国連障害者の十年」を経て、障害者や難病患者の福祉や人権が国の政策として進められている今日、教科書教材にこの小説を用いる意義はどこにもないはずである。教科書編集者とそれを検定した文部省係官の良識、中でもその人権感覚に対して、再度の疑問を提起すると共に、次のように要求するものである。

1.文部省に対しては検定の取り消し、編集者、発行出版社に対しては、この教科書の発売を中止し、問題小税を教科書から削除することを求めるものである。

2.各都道府県の教育委員会に対しては、各高等学校がこの教科書を採択しないようにご指導いただくことと、各高等学校の先生方に対しては、この教科書を採択しないようお願いするものである。

3.問題小説の作者とそれを収めた文庫、全集の発行出版社に対しては、従来の版を回収し、今後発行するものに対しては、てんかんに対する誤解のおきないように書き直すか、十分な注釈を加えることを合わせて求めるものである。



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