Kyoukasyo Mondai [shokan1]

94年9月6日

筒井康隆殿

社団法人日本てんかん協会会長 鈴木勇二

角川書店発行・高等学校教科書「国語I」より、貴殿の作品「無人警察」の引き揚げを要望します。

 冠省略させていただきます。

 私たちは昨年7月より、約30年前に書かれた貴殿の作品「無人警察」は、〃てんかんに対する差別を助長し、誤解を広める〃として、所載予定の高等学校教科書「国語I」(角川書店発行)から削除するよう求めてきました。しかし、私たちの抗議や要望は出版社から無視され、その趣旨も社会の中でさまざまに誤解されています。そこで今回、私たちの運動にご理解を求めるとともに、事態の解決、進展のためにご尽力いただきたく、著者である貴殿に初めてお手紙を差し上げる次第です。

 具体的な話に入ります前に、私たちの会について簡単にご説明いたします。

 私たちの会は、正式名称を「社団法人日本てんかん協会」といいます。21年前に出発した2つのグループが3年半後に統合され「協会」となり、1981年に厚生大臣より公益法人(社団法人)の許可を得ました。現在およそ7000人の会員の8割は、てんかんをもつ本人とその家族であり、その他は専門医・専門職そして一般市民で構成されています。42の都道府県に「支部」があり、活動資金の基本は「会費(月額600円)」です。

 活動は常に、特定の政党や宗教、企業等と一定の距離を保つよう配慮され、市民的常識を大切にしています。事業は社会啓発、自立援助、調査研究を3本柱としており、それらを通じて、当事者(本人と家族)の福祉に寄与することを目指しています。

 とくに、正しい知識の普及と権利擁護活動(差別との闘い)は、当事者を中心の団体として、運動発足当初より大変に重視してきました。そのため、月刊の機関誌や各種の書籍、小冊子の発行、ビデオ・映画の制作等に力を入れるとともに、具体的な差別(あるいは、差別に繋がること)とは徹底的に闘ってきました。私たちが「角川・教科書問題」と呼んでいる今回の問題への関わりも、その一環であります。

 さて、「無人警察」が〃差別を助長する〃小説であると判断した理由は、昨年の私たちの『声明』の中で詳しく述べました。そのため、ここでは繰り返しませんが、端的に述べれば、次の2点を問題としたのです。

 第1は、「てんかん」に対する誤った理解です。作品では、「脳波異常のある人」と「てんかんをもつ人」「(現に)てんかん発作を起こす人」とが混同されています。これらは本来、厳密に区別して理解されるべきものです。この混同が、「人権の無視」に繋がるといえます。すなわち、「脳波異常」があるだけでは「てんかん」とは診断されず、「てんかん」をもつ人の過半数は、薬物治療により「てんかん発作」は完全に止めることが出来ます。これは、現代てんかん学では常識です。たしかに、30年前の医学では、これらの峻別は一般的ではありませんでした。しかし、時代は進み、当然のことながら医学も進歩したのです。

 第2の問題は、社会防衛的な発想です。すなわち、「異常波を出している」だけで病院へ収容される、というのは、典型的な予防拘束であり、それが<車の運転>と絡めて描かれることに私たちは強い危機感を抱くのです。この場合の「病院」は、明らかに精神病院と予想され、「収容」は病気の治療ではなく「危険防止」のための拘束です。そして問題は、このような未来社会の「管理」には批判的であっても、現実の「拘束」自体に批判が見られないことです。すなわち、「てんかんをもつ人」が車を運転するのは危険だ、ということが一貫して主張されているからです。

 私たちは、「(現に)てんかん発作を起こす人」が車を運転することは、厳しく批判しています。それは、他人に対しても自分にとっても、危険きわまりないことであり、「権利の保障」とは全く異なることだからです。しかし、何年も発作がない人が、「てんかん」というだけで、一律に車の運転を禁止されることには疑問を持ちます。それは、病名が烙印(スティグマ)となることであり、正に差別的な処遇であるといえましょう。ある集団をまとめて論じ、同じ処遇にすることが偏見であり、差別なのです。

 かつて交通事故が多発し、その対策の不十分さに批判が噴出したとき当局は、運転免許の所持者に対し脳波検査を実施すると発表しました。すなわち、「異常波を出している」人を、無策を隠蔽する犠牲羊(スケープゴート)として利用したのです。この歴史的事実を知る私たちは、「近未来の出来事」と取れないのです。

 以上が、私たちが指摘する貴殿の作品「無人警察」の問題(限界)点です。しかし、書かれたのは30年前であり、その時代の科学的・社会的な限界を考えれば、これらの誤解や問題表現は、ある程度容認せざるを得ないと考えています。特に科学記事ではなく文学作品であることを考慮すれば、第1の問題点はある程度容認されるべきことといえます。しかし、十分な理解力があるとはいえない年齢の集団(高校生)に、この作品が強制的に読まされることの影響を私たちは問題にしているのです。それゆえ私たちの「声明」や「要望書(抗議文)」は、角川書店と文部省及び都道府県の教育長に出され、貴殿に対しては何らの行動もとらなかったのです。私たちは今回の問題を「角川・教科書問題」と呼び、「文学」ではなく「教育教材」の問題と考えたのです。

 そこで私たちは、貴殿にお願いします。著者の権限によって、「無人警察」を教科書から引揚げていただきたい。そもそも検定制度によって90数カ所も「言葉狩り」されながら、教科書に載せ続けることに、貴殿はどんな意味を見出されるのでしようか。

 貴殿がこの作品の教科書からの引揚げを明言され、角川書店及び文部省がそれを正式に了承した時点で、今回の私たちの問題提起(要望・抗議行動)を終了したいと私たちは考えています。もちろん、会員や一般の人の中には、作品そのものの抹殺を主張する人もいるかもしれません。しかし、それはその人の個人的な見解であり、私たち(社団法人日本てんかん協会)の正式な方針ではありません。私たちは、一貫して「教科害」の問題と考えてきましたし、先日の当協会の第90回理事会(1994年8月21日)においても、この認識と方針を全会一致で確認いたしました。

 しかし、文学作品であったとしても、私たちの立場から分析すれば、既に述べたように、「問題がない」とは言えません。『声明』や「要望書(抗議文)」に〃文庫や全集等の回収〃を要求したのは、このような判断に基づくものです。ただしそれは、一部の早とち りの人が誤解しているように〃絶版〃を期待したものではありません。『声明』に明示しているように、〃書き直すか、十分な注釈を加える〃ことを願ったのです。

 とは言っても、このことは著者みずからが、自分の責任によって判断することであり、「教科書問題」を論じる立場の者が言及すべきではありませんでした。その意味で私たちは、『声明』や「要望書(抗議文)」における〃回収〃要求は、明らかに勇み足であったと現時点では判断し、それらを削除したいと思います。もし、この一項によって事を混乱させたとすれば、その点については深くお詫びいたします。

 以上、私たちのお願いといたします。表現等に失礼がありましたらお許し下さい。なお、6月の総会において、任期満了により会長が交代しましたので申し添えます。

(社団法人日本てんかん協会機関誌「波」第19巻1号 1995年1月掲載、原文は縦書き)


Last Updated Sep.24.97
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