Kyoukasyo Mondai [shokan2]

94年10月26日

日本てんかん協会会長 鈴木勇二 様

筒井康隆

お答え

 早急のご返事をありがとうございました。熟読の結果、小生の要望の概ねをお受け入れくださったと解釈し、感謝いたします。文脈細部への疑問を呈示したり念を押したりなど、これ以上のこだわりはほとんど不必要であると考え、この件に関しての解決は、この文書による話しあいの経過を公表することによって成立すると考えさせて戴きます。

 本来ならば作家のひとりとして、「歴史的・文化的な遺産」である過去の小説に対して削除・書き直しができるのは著者本人のみというお考えは、小生以外の作家に対しても敷延されるのかという確認をしたいところですが、文壇の現状からは「余計なこと」という批判があることも考えられますので、これはあくまで小生の個人的希望にとどめておきたと思います。また今後の貴協会の批判活動についての部分は、あきらかに小生のみを対象として書いておられますが、これも他の作家に敷延して同様に適用なさるのかどうかという疑念が生じます。というのも、小生のみが対象であれば、これは本来小生の創作活動にとっては枷となり、重大な譲歩になるべきところですが、断筆している以上、小生が新たにてんかんに関する差別的な表現をすることはありませんし、また、てんかんに関する記述が含まれた小生の過去の作品が教科書に再度掲載されることもまずあり得ないので、ご懸念は杞憂であろうと思います。しかし今後、「てんかんという現象」「てんかん差別という社会現象」が消滅しない限り、それを小説に書かないというのは、それらの現象から眼を閉ざすことになり、むしろ書かれることは必然と言えますから、例えば「著しい問題」のあるてんかん差別をそのまま書くことまでを、「著しい問題」として批判なさるおつもりなのかどうか、などについても伺っておきたいところですが、これも作家それぞれが疑念を貴協会に提示し、貴協会が個別に対処されるべきこととして、ここでは取り上げません。

 尚、もし万一小生の発言の中で「著しい問題あり」と判断される表現があった場合は(文学作品でもないただの談話で、小生が著しい差別発言をすることがあり得るとお考になっておられることにはいささかの抗議の意を表させていただきます)それが活字メディアであろうと、映像メディアであろうと、出版社や放送局などの組織に対してではなく、彼らの悪しき自主規制の進行を阻止する意味からも、ご決定の通り小生に直接「新たな表現による弁明(『単に本文の繰り返しにとどまらぬ弁明』と解釈させて戴きます)」を要求してくださるようお願いします。また「公開性に基づく言論活動として」と記述された部分については、あくまで「小生に直接要求し、充分な討論を行ってのちに」と判断させて戴きたいと思います。小生との何の話しあいもないままに新聞発表や記者会見を行われますと、従前通り報道者や第三者の意見が先立って錯綜し、当事者の意見が伝わらないなどのことになり、両者にとって極めて不本意な事態になりかねません。この点は貴協会においても恐らく同意見でありましようし、言わずもがなの心配とも思いますので、まったくの小生のひとり合点でない限りご返事には及びません。

 以上のことは、官公庁でも企業でもない当事者同士であり、互いの社会的良識を尊重し、特に合意文書を取り交わす必要もないと思います。

 今後の小生のなすべきことは、あり得べきこととして事前に伝えておいた「無人警察」削除の要求と説得を角川書店に対して早急に行うことでしよう。またこれを角川書店が了解した暁には、公開性尊重の上からこれまでの往復文書の公表と、両者及び角川書店立ち会いの上での記者会見の設定が必要になりますが、これらのことについては特に文書で打ちあわせることでもなく、以後は直接の話しあいで決定し、文書の交換はこれで終わらせて戴きたいと希望します。

 最後に、「要望」から「お答え」まで一貫して紳士的な記述によって冷静に対処された貴協会に深い敬意を表します。ありがとうございました。

(社団法人日本てんかん協会機関誌「波」第19巻1号 1995年1月掲載、原文は縦書き)


Last Updated Sep.24.97
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