てんかんの名称変更の論議によせて


「てんかん」名称問題についてのてんかん協会会長見解です。
機関誌「波」1993年11月号pp.380-381

Last updated Jan.28.2002


てんかんの名称変更の論議によせて

高橋哲郎(前てんかん協会会長)


●歴史と文化的環境の中のてんかん

 日本でもっとも広く使用されている代表的な辞典である『広辞苑』(第四版、1991年) の「てんかん」の項は次の様になっている。  現代医学の「てんかん」像とは大きく違っているばかりでなく、真性てんかんについての説明は明らかに間違いで、驚くほど古い説明になっている。「くっち」とあるのは、奈良時代に使われたてんかんの古称で、現在では死語になっているものである。
 他の多くの国語辞典について調べたが、その記述は似たようなものである。
 ところで、『広辞苑』の「てんかん」の項は第二版、第三版と同じではなく、五年の間に次 のように変っている。



 このように記述に変化があることは、その背後にあるてんかんに対する社会的な見方が必ず しも一定でなく、動揺していることを示している。しかし、それにも拘らず、医学的てんかん 概念に一致しないのは、それが社会的通念としての「てんかん」と大きな隔たりがあるからで ある。そればかりでなく、第二版、第三版に較べて第四版の記述は後退さえ見られることであ る。その原因はわからないが、これは「てんかん」の世俗的な説明にはいかに困難な問題が存 在するかを示すもの、「てんかん」という言葉の論議をするときに忘れてはならないことであ る。

●ハンセン病とのちがい

 てんかんという言葉には社会的にマイナスのイメージや、抜くことのできない偏見がまとわ りついていることは否定できない。私が最近大学生を対象に行った調査でも、半数近い学生が 「てんかん」という言葉から受けるイメージとして、「暗い」「忌まわしい」「恐ろしい」を あげていた。
 社会的な差別意識を昇華させてしまうために、名前を変えるということも、ひとつの方法でそ れを私は否定するものではない。
 そのとき、よく引合いに出されるのがハンセン(氏)病のことである。
 『広辞苑』の第二版で「ハンセン病」の項には「らい病のこと」とあるだけで、その説明は 「らい病」の項でなされていたが、第一二版以後はそれが逆になり「らい病はハンセン病のこと」 となって、「ハンセン病」の項でその説明がされている。しかし、その説明内容は二、三、四 版とも変っていない。そして、その字数もてんかんの二倍以上になっている。これは病名の呼 び方変更以前に、ハンセン病とは何かについて広い国民的理解が得られていたことを示してい る。
 ハンセン病が細菌性の伝染病であることが明確になったことも、多くの人の理解を変える大 きな力になっている。他の伝染病の知識と較べて、現代医学の力をもってすれば、ハンセン病 の制圧が不可能でないことは容易にわかるからである。
 それに対して、てんかんは中枢神経の疾患で原因の明らかなものとそうでないものがある。て んかん医学が発達したことによって、人々が身近にてんかんを知る機会が少なくなったことも、 多くの人々にてんかん像を旧いままで固定させることにもなったことも否定できない。
 てんかんとハンセン病とは社会的にも、医学的にも多くの異なった条件をもっている。それ を考えずに、ハンセン病が名前を変えたから、てんかんもといっても、有効な結果をもたらす こととはかぎらない。

●名称変更に関わるその他の問題

 協会が名称変更をしないというのは、決して臭いものに蓋式で放置するわけではない。協会 の初期の頃にも、名称問題は議論され、かなりの討議があった上で、てんかんのままでいこう と決まったと聞いている。
 そして、現在もまだ上述したように、名前を変える前提となる諸条件が社会的文化的に成熟 した段階にはいたったとは思えないことである。協会の運動にとって今必要なことは、それを 成熟させるための条件づくりではないかと私は考えている。
 その上、名称問題には、さらに次の様な諸問題も存在することを指摘しなければならない。 第一はもし、名前を変えるものとするとどういう新しい名前があるのかということである。 さまざまな発作形のあるてんかんを、新しく一つの言葉で表現するということは大変難しいこ とである。
 名前のつけかたによっては、てんかんのある部分を切り捨て、仲間に分裂を持込む原因にな らないとも限らないからである。
 第二に、歴史的に形成された社会通念としての「てんかん」概念と、「てんかん」の医学的 概念との関係は大変複雑である。歴史的なてんかん概念はそれにつきまとう価値評価の部分を 除き、医学的てんかんの概念に大きく包み込まれている。医学的てんかん概念に一致する内容 をもち、名称も新しいものに変えたとしても、旧いてんかん概念がその中に包括されてしまい、 価値評価だけを切り離すことはできず、マイナスの価値評価をなくすことは大変困難な問題な のではないだろうか。
 第三に、病気と障害という問題がある。「てんかんは治るようになった」というときには、 てんかんは「病気」として考えられているが、一方、てんかんを障害として認めさせ、国の障 害者対策の中に確立させることも、協会の運動の大きな柱でもある。
 そのときのてんかんは、WHOの定義による「てんかん」概念をこえて、てんかんをおこし た脳内の何等かの病変や器質的欠陥の後遺症と、それにもとづく社会的ハンディキャップの相対 を含む、法律的な概念としても確立されねばならないという問題もある。
 さまざまな「てんかん」概念があるときに、言葉を変えるといっても、そのどこをどういう ものを変えるのか、明確にしておかないと混乱のもとになることは明らかである。
 第四に協会が国に対しててんかんセンターの設置やその他のてんかん対策を要求している問 題との関係である。てんかんという名前を止めたとき、その要求が説得力のあり、実現すべき 問題点を明確に焦点化したものになり得るのかという問題がある。ハンセン病の場合はすでに 国によい予防法があり、それにもとづく対策が確立されていたのであるが、それとは違って、 てんかんはやっとその施策が緒についたところで、問題はこれからというところなのである。




無断転載はお断りします。All copyright 2001- JEA, All Rights Reserved
[前のページへ]