福岡支部ニュース20033月号の特集を許可を頂いて掲載します。

 

特集
資格取得
 

 

 

 

 


 今回は会員さんの中で自動車運転免許・薬剤師などいろいろな資格を取得されている方々に、自由に語っていただきました。

 資格をとって仕事についた方、資格をとって自分の仕事の幅を広げた方、すぐに就職には結びつかないかもしれないが資格をとってみた方など様々ですが、今回様々な思いを語っていただいた方達以外にも、資格を活かして活躍されている方が会員さんの中にまだまだたくさんいらっしゃる事と思います。

 今回の特集をきっかけに今回の内容に対する感想や,資格取得に関する体験・意見など多くの方からの情報をお待ちしています。

 それらの情報がてんかんの人の社会参加や社会の中で活役する為のヒントになればと思います。        

(FAX 092‐801-2958 福岡支部ニュース特集の係りまで)

 

 

資格取得をして…。

ペンネーム この道を行けばあやぶむなかれ

 

 私は、昨年11月ホームヘルパー2級の資格を取りました。動機は,自分にも何かできる事は無いだろうか?という所から始まり、作業所で福祉の職場説明会というのがある事を知ってそれに参加し将来親の面倒をだれがみるかという事も考えてヘルパー講習を受けようと思いました。

 講習が始まる前は、「自分にできるのか?」という不安があったが,1日も休まず修了式を迎えた時はうれしさと「よしやってやろう」という気持ちになって「自分にもやれた」という自信が持てた。

 今はまだヘルパーとして働いてはいないが,考え方が少し変った様な感じで資格を取るとなにかしら責任感のようなものがあり,せめて人との接し方や相談のしかたが上手になりたいので、今通っている作業所の仲間や職員との会話を通して勉強のつもりでがんばっています。

 資格や何か目的を持てば自分の身辺に何らかの変化があるはずと考える今日この頃である。

 

 

資格取得

S・K

 

 私は現在発作こそなくなりましたが,まだ服薬中で定期的に検査のため通院しているてんかん患者本人です。

 今までは資格等,これっぽっちも考えた事はなかったのですが、てんかん協会の皆さんの運動が実り昨年6月の道路交通法改正。私も会社の理解をいただき、務めながら自動車学校に通い述べ5ヶ月をかけ、昨年末に運転免許証を取得しました。 しかし資格を取るって簡単にはいかないなあ。取得までにはいろんな方々の力添えを頂きとても感謝しております。毎日ではありませんが、現在会社の車を利用し打ち合わせや通勤に利用させていただいています。今までは人の顔色をうかがいお願いしてましたが、運転が実際自分でできるようになり,何か不思議な感じです。

 運転中今まで体験した事のない事態があちらこちらでおこりますが,そこは冷静に判断し、緊張感を持って運転しております。

資格を取得するには本人の努力はもちろんの事、まわりの方々の理解が一番だなあと感じました。

 

 

資格習得で得た生きる喜びの生活

発作があっても自分で生きていく方法            

福岡の松ちゃんより

 

1、わたしはてんかんと付合いはじめて27年になる男性性患者です。複雑部分発作のため手術を受けましたが,頭部外傷を受けているので発作が起きています。いつ治るかわからないけどどうしますか?

と質問され勇気を出し「手術」を受けましたが経過は変らず、服薬しても失神大発作が1日に数回連発し,働きにでるどころか,もう一度手術しないと、自分以上に両親や妻子に大変な苦しみを与え家庭が崩壊し妻とも離婚となり(自分一人だけの孤独な生活と成る)朝起きると目の廻りを真っ赤に腫らし血のついたクシャクシャのタオルで顔を押さえ、うつむき小声で泣いている妻に俺,又ワルカッタんか?と聞くとただ頭を下にするだけ。「ゴメンナ!こんな体で」としか言えません。てんかんですと言えばすぐに解雇です。以前私は建築設備会社の現場担当員でしたので、もし発作が起きて現場から転落したら即死に至りますから退職願を出し、会社が雇ってくれないのなら自分一人で賃金を稼ぎ働くしかないと決めて、せめて生活費くらいは何とかしなくてはと、設備設計事務所をじたくの2階の小屋に設け始めましたが、現実は2階のベランダから落ちたり自転車で車にあたり入院を繰り返しながら発作を起こし何十回と救急車に乗せられ気がつくと病院の処置室のBEDに手足を縛られて泣いたことやら知れません。

 

2、自分自身でやるしか無いと思い、知人や得意先を経歴書を何十冊も作り2ヶ月位廻り営業に務めましたが一件も注文はありません。何とかしなくてはと同業の友に相談したらただ頼んでもダメダゾ、仕事をするための試験を受け〈資格〉をとらねば仕事の信用が無いし,実力の無いところに仕事は来ないからまず勉強して免許や資格を取らなくてはと励ましアドバイスしてくれました。私は友に礼を述べて直ぐに「本屋」に行き必死で勉強し講習会や技術試験を受け1年半で『設備設計事務所』に必要な1級管工事設備管理技術士、消防設備士、給水工事責任技術者、排水設備士等の免許を習得して経歴書に記入して再度お願いに廻りました。ところが10件のうち5件程が突然仕事が入り今度は1人では出来ない仕事量です。私は有難う御座いますと言う反面に断りきれずに毎日が残業、徹夜みたいになり、身体を治すのが目標だから同業者に外注したりして発作を起こしても(自分で生活できる)自信がつきました。マンションブームの最盛期には1年に何百万円も上がりましたが、事業税・所得税・市県民税で20%も納め、ムリせずに普通にしようと思った事も有ります。自分はテンカンで有るから働けないのでは無く、発作があり会社が雇ってくれないのなら体調をくずしている今の時にこそ自分の目標を立て,一人になっても生涯生活が出来る様に少しずつ勉強に励み〈資格や免許〉を取り生きていく基盤を作ろうでは有りませんか!【途中でくじけず貫き通す事です】体調が悪くなり長時間掛けても自分自身で生きて行くためには、例えテンカンという障害があっても自立して仕事を確保し生活費を得られる様に成ります。人間には必ず悩み苦しみがありますヨ、私たちはその背負う荷物が重過ぎるだけです。負けてはイケマセン!

 

3、免許や資格は生きていく上でのあなたの財産です『ムリせずにアセラズに自分のペースに合わせて行動に移しましょう』自信を持ちヤルしか無いのです。キット喜びの日はやって来ますヨ!クジケソウに成ったら決して一人にならずに仲間や友人に相談し自分を励まし自分はヤレル人間ダー!「ヤルンダー」と問い掛けてください。

 

4、親からもらったこの尊い命、テンカンの障害が有るから、外に出るといつ発作があるか解らないから恐いとかどうせ治らないから家から出ないとあきらめずに、まず(作業所)等に勤め友達を作り賃金を得る喜びから出発しましょう!そして体調がある程度回復した自分の将来の為に今から少しずつ資格を取るために勉強を始めて下さい。発作が有るから苦しまずに、行動を始めようではありませんか!現代社会は特技を身に付けなければ生きていけない世の中です。そのためにも絶対に自分に合う〈資格や免許〉は必要ですヨ。頑張って下さい皆さん!

 

5、私も40代になりパソコンを勉強し始め(抗てんかん剤)を服用しながらも自営でコンピューターでビルやマンションの設備設計図を書いていますが,振り返ると若い時〈資格や免許〉を取り本当によかったと思う毎日です。同じ患者本人として経験した事です。「仲間の皆さんの少しでも心と人生計画の励みに成ればと思いこの手紙を送ります。

 

【発作連続のアナタ、苦しくて辛いでしょうが心に中に1つぶの種をまいてきれいな花を咲かせましょう。自分の為にさあ今日から】

 

 

てんかんと薬剤師

            

KIMIKO.F


 私は長年の側頭葉の部分発作が薬物治療、外科治療を経て止まり、現在、抗てんかん薬を服用しながら調剤薬局の薬剤師として勤務しています。将来、薬の道に進もうと親子で決めたのは、発作も止まっていない中3の頃でした。てんかんでも薬剤師になれるの?と思われる方がおられるかもしれません。

 

 2つの事がいえます。まず1つは薬剤師の免許を取るという事に関してですがてんかんは薬剤師の欠格事項に入っていません。現在4年間の薬学過程を

(近い将来、薬局や病院での実習期間を含め延長される可能性あり)を履修し、薬剤師国家試験の筆記テストに合格すれば取得できます。抗てんかん薬を服用していても、軽い発作があったとしてもです。ただ発作のタイプによっては薬学の実験などが難しいケースもあります。私は大学時代、数十回あった実験中や授業中、1~2回程、数十秒の意識喪失を伴う腕を回す発作を起こしましたが同実験台の友人や助手の先生方が腕を抑えて下さっており実験を続行できました。私の場合、緊張時は発作はおきにくく、発作前にいつも前兆があり実験中危険な物は手から離すなど対処が出来たのが幸いしました。急に倒れたり、日常業務に影響のある発作が残っている場合はこの時点で無理だと思われます。

 

 2つ目は薬剤師免許を取ってから就職するときの事です。治療により発作が止まっている場合や、他人には気がつかれない程度の小さな発作がたまにあるくらいの方は、薬の強い眠気や極端な記憶力の低下がなければ、普通一般の薬剤師と同様、制限なく就職できると思います。意識が喪失するような発作が残っている場合は仕事に制限がかかるでしょう。私も大学卒業後すぐは、20~30秒くらいの意識を喪失する側頭葉の発作が残っていた為、患者さん相手ではなく、薬品卸会社で管理薬剤師として薬品情報管理や事務的な仕事をやりました。その後の外科治療で、発作が止まってから現在の調剤薬局勤務が可能になりました。発作によっては仕事上に制限があったので私は手術を良いタイミングで受ける事ができてよかったと思います。上記以外にも薬剤師にはドラッグストアーでの医薬品の販売、医薬品企業の研究職、営業職等があります。しかし事務的な薬剤師の仕事となると求人数的に多くなく将来的に大学卒業後の薬局などでの研修期間導入の話も検討中であり、今後薬剤師過剰時代に入り意識がなくなるようなはっきりした発作が残っている状態では、厳しい状態です。薬剤師は薬や病気のことを理解していく意味でも大変よい資格です。薬剤師に限らず私たち患者が就職問題にぶつかる時、資格や専門性は強い見方です。仕事に有効な資格や専門性を持つ事と、発作を可能な限り止める努力をする両が必要であり、また明るく素直に働く事も、大事だと感じます。また詳しいこは本人の会で毎月いろいろ活動しておりますので参加連絡ください。

 

 

ホームヘルパー(介護)の勉強をして!

鉄見 治枝

 

 介護の2級くらい、と思い7月から学習して、やっと終わり一応資格はとれましたが、9時から17時の詰め込み学習は、本に番いでないことも多くその日に復習しないと忘れそうなので、レポートにまとめて覚え9月に学習は修了そして、いよいよ実習!実習時の注意点など教えられ「一応、失敗してケガさせたり、物を壊したりした時のため保険は掛けてるけど、風邪をうつしたりしないように…」とか言われてたので発作がでて体に麻痺がある人をケガさせないようにとか、風邪をひかないように気を付け過ごし何事も無く終わり(ほ〜っ)としてます。その間、作業所には、ほとんど通わず何の役にもたちませんでした。私の頭では二つのことは、どうも無理!融通がきかない性格なので、仲間の顔が浮かぷのですが、休ませていただきました。

 でもこの世に産まれ死んでいくまでには、いろんな生き方があり最終的には皆同じ? しかし心の中はどうでしょうか? 幸せで侮いのないよう生きてこれたのでしょうか? 他の人には分かりません! 自分自身が(私はこれで幸せなんだ!)と思えばそれでよい人生なのでは…? 今回の学習で介護と看護の違い、偏見・差別はいろんな所にあり私達自身が、してることもあるんだということ、生きてる限り(息をしてる限り)1人の人間として対応すること、痴呆になってても感性は残ってるので、コミニケーションを持ち生きる記憶を引き出す、人の暖かさを感じさせるなど、教えてもらい、実習でほとんど車椅子で痴呆のグルーブの人達の面倒も見させてもらいましたが、暗い顔をしてた人が、家族の人が来るだけで、笑顔になる姿を見て、あ〜あ家族の顔だけでこんなに嬉しい顔するなんて、すごいな〜と思い少し人に対する考え方も変わりました。


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