主治医との信頼関係の必要性について


Last updated Aug.2.1999


 てんかんの薬物治療は長期間におよぶ場合がほとんどで、薬を飲むのを忘れたり飲 まなかったり、 勝手に薬を減らしたりやめてしまったりするケースもあります。このような意図的 な怠薬の理由は、発作が止まっ ているので自分で勝手に直ったと思ったり、副作用 があったり、単に面倒だったりなどです。 しかし、せっかく長期間にわたってコ ントロールされていた発作が再発してしまったり、再び発作を抑制 するのが難しくなった り、場合によっては発作が持続する発作重積を起こして命の危険を生じること すらあります。また、医師はきちんと服用しているものとして治療方針を立てるので、副作用 などの 判断や薬の量など適切な判断ができなくなります。このように抗てんかん薬は風邪薬や胃腸の薬とは 違って、毎日きちんと指示されたとおりに服用することが大変 重要です。この点について、本人 はもちろん保護者も十分な認識が必要で、副作用 などがある場合でも自己判断で減らしたりせず に必ず主治医に相談するべきです。この点で、とうしても主治医と十分な信頼関係を保つ必要があります。

 関連して、日本てんかん学会誌「てんかん研究」巻頭書17(2):105に医師の側からみたてんかん 治療の難しさについての記事があるので、以下に引用します。


てんかん患者および家族の心理状態

武田明夫(国立静岡病院神経内科)

 てんかん患者のみならず、慢性疾患患者一般に共通したことかも知れないが、てんかん専門外来 を続けていて色々と戸惑う経験をされた方が多いことが推測される。急性疾患患者では決して起こ り得ない事柄である。

 例えば、数年来発作が生じることなく、順調に経過してきた患者がある日突然来院し、久しぶり に発作が生じ会社を休まざるを得なくなったという。そこで定石通りに服薬状況を尋ねると、毎日 決められた薬を間違いなく絶対服用しているとの答えが返ってきた。

 それでは、酒を飲み過ぎたのかとか、会社で嫌な事件が起こったのかとか、家庭で何かトラブル が起こったのかと、色々質問を発しても全て答えは否定であった。神経学的診察をしても新しい神 経症状の変化は全く見られないし、CT検査でも何ら変化が見られない。だとすると、ある時点を 境にして、この患者のてんかんが難治性に化けた珍しい症例かとも考えあぐねてしまう。思い迷っ たあげく、念のため投与していたフェニトインの血中濃度を測定したところ全く驚いた。検査室か ら帰ってきた緊急検査の結果では、投与していたフェニトインの血中濃度の値がゼロであった。 そこで、この結果を患者に示し、再度服薬状況を尋ねると、実は発作が全くなく非常に調子が良 いことと、平素から薬はあまり飲みたくないと考えていたため、2週間前から服薬を中止していた と白状した。この答えに驚き、さっき尋ねたときは、何度でも必ず薬は服用していたと云ったでは ないかと詰め寄ると、薬を飲んでいないと先生に云うと、先生ががっかりするから申し訳ないと 思ったからだと、平然として答えた。何のことはない、患者の見当違いの配慮によって、主治医が 翻弄された結果となった訳である。

 発作がなかなか止まらない例において、血中濃度をチェックすると許容範囲であるので、薬を増 量するが血中濃度はそれにつれて少しも上がらない。おかしいなと思いながら、現在の状況を患者 に説明しつつ更に薬を増量する。ある日突然患者がフラフラで歩けないと云って来院した。血中濃 度を調べてみると、明らかに中毒域にある。患者が指示通りに服薬していたという申告が虚偽で あったのである。

 患者の家族の心理も同様に複雑である。ヒステリーと部分てんかんの合併症例で、患者と夫を前 にしてどうしたら発作を少なくし得るかと話し合いをしていた。突然患者が椅子からずり落ち床に 横になり、丸くなってしまった。正確には、このときの脳波所見の確認が必要であるが、ほぼこれ はてんかん発作ではなく、ヒステリー発作であると説明しても、夫は納得しない。これがてんかん 発作であるから絶対に直して欲しいという。家族も含めて患者は、病状についてなるべく良 い方に考えたい、また薬については発作が消失すれば服用したくない、さらに薬は長期間服用する と何らかの副作用が必ず出るという恐れ、などを抱いているのである。

 こうした患者や家族の心理状態を忙しい臨床の場で、よく把握する事は大変なことであるが、正 しく患者および家族の心理状態を把握しないと最善の治療が不可能となり、見かけの難治例を作る 危険性が存在することを、十分に心に銘記しなければならないと痛感する次第である。


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